GEISAI BLOG
上村ゆかこ
ネオテニイの成長記録
新生児アカンヴォリオン
少しずつ。

首を持ち上げたり、ものを握ったり、泣いてても声をかければ泣き止んだり、
だんだんこの世界の秩序に慣れてきた様子の我が子。

でも、当然ながらまだ歩きません。
人が産まれてから歩くまでにかかるのは約一年!

シカは産まれた日に立ち上がるのに、
人間にとって、シンクロ率をあげるのはとても大変なことみたいです。

初回でエヴァを歩かせたシンジくんは天才です。
(むしろ歩いたエヴァが天才なのか?)

うちのアカンヴォリオンだったら、地上に射出されたとたん、
反射で足を突っ張って後ろに転倒、手足をばたばたさせて終了。
二度と起き上がれませんよ。最終回でもハイハイしてないかもですよ。

と、言うどうでもいい話はおいておいて。

突然ですが。

「赤ちゃんは、親を選んで産まれてくるのです。」

っていう話、良く聞くけど、産む前はなんだか妙にファンタジーがかってて、
都合のいい思い込みみたいに思っていた私。
どちらかというと、

「赤ちゃんは親の分身」「母と子の絆」

という方が、産んだらピンとくるんじゃないかと考えていたのです。

が、

実際自分の赤ちゃんと対面して生活する中で思ったのは、

私の分身?そりゃないわ。

絆とか…赤ちゃん別に母親だけ特別扱いするわけじゃなし、むしろそれって傲慢…

ってこと。

そのくらい、赤ちゃんと自分は別の人間、まったく異なった生き物だと思い知らされる日々。

はじめは一体だったなんてとても感じられない。
体を構成する物質的な物は確かにつながっているにしても、
魂は既にどこかにあって、たまたまこの体に宿りましたとさ。

という方がしっくりくる。
となると、

「赤ちゃんは親を選んで産まれてくる」
っていうような意思を、赤ちゃんが表現できないだけで既に備えていたという発想が、
むしろリアリティを帯びてくるという不思議。

もちろん、自分の子に対する理由なき愛情はある。

でも、そこには「自分と似ているから」「血がつながっているから」という理由すら
意識の上では感じられない。

それは多分第三者から俯瞰してみたときにそれが分かるのであって、
本人レベルでは、

妊娠して出産していまここに赤ちゃんがいる

という連続性がすべて、という感じです。

母が子に、母子の絆や血のつながりを感じるとしたら、
それはきっと赤ちゃんと自分の過ごす時間がもっと増えて、
もっとコミュニケーションがとれるようになってからなんだろう。

だからそれもさらに積み上げられた時間があるからこそなんだけど、
そこから振り返るから、過去にもそれが既にあったように感じるのかも。

自分が自分の母親とそれがあるのだと思うように。

実際、産まれて始めて我が子を見たときは、感動ってより、
不思議な気持ちだった。
あー、本当に赤ちゃんだ!赤ちゃん産んだの?本当に?みたいな。

だから、母子の絆って言うのは、親が時間を重ねることで、
子どもに作り上げてくれる生きるのに不可欠な幻想なのかもしれない。

とすると、家族を作るのは、血ではなく、時間。

時間は血より濃し!

今こうして風のように過ぎて行く時間、
本当は積み重なっていると思えば救われるわ〜。

●さいごに●
GEISAIブログ終了するみたいですね…。
とりあえずオフラインにダウンロードしておきますが、
このペースですので、投稿はさいごになるかもしれません。

皆さんはどちらかにお引っ越しされますか?
アート系の話がこんな調子で出来る場所があればよいのですが…。

ご助言あればうれしいです。
2009.10.15(木)23:24 コメント(0)
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