
絵描き友達の
玉野大介さんの個展を日本橋の
unseal contemporary に見に行った。
個展のタイトルは
「亡霊」
どうやら、灯籠惑星とは志し半ばにして討ち死にや暗殺された昔の武将や猛将達
の亡霊の事らしい。
つまりは怨念。
中でも「将門」は3バージョンも描いてあってこのシリーズにかける凄い意気込みを感じた。
やり過ぎ感のある西洋風が僕の好み。
全体だと、僕はシンプルでスタンダードなベーシックな「マダム」が印象深く好きであった。
今回の個展のシリーズの基本形のようであったからだ。
黒いバックにモノトーンで浮かび上がる今回の作品群は、カフカを描いていた、今までとは違う新境地を開拓していたが、ずらりと並んだその光景はコンセプチュアルな空間で圧巻な展示であった。
絵描き友達の加藤遼子さんがストリートアート(グラフィティ)の要素を感じると言っていたが、確かにその縦横無尽なぐにゃぐにゃな何で出来てるか分からない文字のような金属だか石はモノクロというシックな色合いによってグラフィティでは無い、帰結を得た完成度を得ている。
玉野さんの個展を見に来たレントゲンヴェルケの池内務さんが「なるほど…首塚ね!なんとも言えない不思議な魅力があって面白いじゃない!良いね!」と言っていた。
ベタ誉めじゃん!
※ここで個人的な玉野大介さんと僕とのかかわりを紹介しよう。
2003年のGEISAIミュージアムの僕の作品を見ていたという原田慎也さんに
2004年のGEISAI#5の時に「僕、移動マッサージさんのファンなんですよ!」と逆ナンパ的に声を掛けられる。
原田さんの名刺を見たときに「トーキョーワンダーウォールで見て覚えています。たいした事無いつまらん薄い雰囲気の作品ばっかりが賞とってて、普通の入選でも、貴方の絵と谷口ナツコさんの絵だけが凄い良い!と印象に残りました。」と答える。
原田慎也さんは
ターナーアクリルアウォード2002年の大賞を受賞し、当時の美術手帖に特集されていた玉野大介さんに興味を持って、玉野さんの初個展に見に行っていて友達になっていた。
(ターナーの大賞の賞金で家の近所のギャラリーを借りたが、あまり人が来なかったらしい)
それで原田さんから玉野さんを紹介されて
新宿バガボンドで飲む。
玉野語録連発で意気投合し友達になる。
玉野大介語録「ゴードン3つ」
玉野大介さんは「通天閣の下でやったGEISAIでナディッフ賞」を受賞したらしいが?(東京タワーでやったというGEISAI#1の事?)GEISAIのサイトにも全くもってしてその事が記載されておらず。記録が抹殺されているか本人が呆けているのか?
GEISAI#7でトム・エクルスさんがカフカの小作品を買った事が分かるぐらいである。自分が良いと思ってる作家友達でまだ世の中に知られていない方々をプッシュして行こうと考える。
原田さんは僕の友達で1番絵が上手いと思う。
玉野さん唯一無二の独特の才能がある。
2006年に移動マッサージキュレーション企画展示第2回「
ぺろーん展」(江古田Cafe FLYING TEAPOT)を開く。
ここに移動マッサージと玉野大介さんのグループ展がはじまる。
2007年に移動マッサージキュレーション企画展示第3回「
のりもの展」(西荻窪ギャラリー「Mu-Run玉野大介・原田慎也・移動マッサージの三人展「のりもの展」
玉野大介語録
「玉野大介は感情をなんとか抑えるが、
原田慎也は抑えられず、苦悩し、
移動マッサージはすでに壊れている。」
※僕はこの年から
彩鳳堂に取り扱われはじめていたので実質、プロデヴューしていたが前年度に予約して借りていたので、グループ展を開く事にした。
記念写真。特にコマーシャルギャラリーでも無いのにアート業界の関係者である
ex-chamber museumの幕内さんがブログに記事を書いて下さったというのも快挙でした。
2008年に移動マッサージキュレーション企画展示第4回「
移動水族館」(Design FestaVol.27・東京ビッグサイト)
数年前にネットで玉野さんの絵を良いと思っていてネットで一時ネットで販売していたunseal contemporaryの森岡さんが玉野さんを見つけて声をかけるつまり、僕のデザインフェスタで企画したグループ展が玉野さんがアンシールに入るきっかけを作ったという事です。
そしてこの僕が撮影した名作
玉野大介のくじら釣りが生まれます。
玉野大介のくじら釣り動画。これは捕鯨、グリーンピース等のタグによって1日目が凄い人に見られました!
玉野大介語録(バガボンドで酒飲んで酔ってます)
「ゲゲゲの左腕はここにあるんやから」(水木しげる先生の左腕は玉野さんの左腕となって、左手で描くと「ゲゲゲの鬼太郎」しか描けない)
僕は水木先生に早く返しなさいと言いました。
その後、現代アートに興味を持つという緒川たまきさんがunseal contemporaryに行った時かで玉野さんの存在を知り、サイトを見てカフカを描き続ける画家だという事をしります。
夫のナイロン100℃主催の劇作家・演出家のKERA「ケラリーノ・サンドロヴィッチ」(ナゴムレコード創設者、有頂天、空手バカボンのヴォーカリスト)は次回作にフランツ・カフカをテーマにしたナイロン100℃「<リンク:http://www.fujitv.co.jp/otn/b_hp/909200289.html>世田谷カフカリンク>」を考えていたので、パンフレット挿画に玉野大介さんに依頼する事にしました。
演劇にもナイロン100℃という名前にもケラという名前にも疎い玉野さんとアンシールの森岡さんは「貧乏劇団だから、かわいそうだからちょっとだけお金もらえばいいか・・・」と思ったそうです。
そして実現した「
世田谷カフカ」のパンフレットは玉野大介作品集って言っても良い出来栄えです。
初対面の時に玉野さんはケラさんに言われたそうです。
「ユーチューブ(YouTube)の動画見ましたよ。 」と。
作家に愛される作家、玉野大介に幸あれ。