宮津に旅行しましたvol.12

2010.01.12 Tue 12:00

ENCOUNTER 09


ENDING: 宮津旅行





ENCOUNTER 09


出演

吉川豪尚

宮津太郎

遠島被告

すえぞぉ

よしあき

ちびっこ

黒よしあき


故・田中良典(友情出演)


演出

アラン・スミシー


総合演出

ああああ


製作

EXCALIBUR 2009





THE END OF ENCOUNTER 09

EXCALIBUR「ENCOUNTER 09」

EXCALIBUR

宮津に旅行しましたvol.11

2009.12.04 Fri 12:00




LAST STAGE: 真名井神社


真名井神社

真名井神社は、宮津市大垣にある、籠神社の境外摂社、奥宮です。

今回の「ENCOUNTER 09」は、此処を書く為の"フリ"であったと言っても、過言ではありません。

籠神社は、あくまで、天照&豊受が、この地を去った後に造られた"記念館"のようなモノであり、あくまで、観光客用の"ペルソナ"のようなモノです。

真名井神社

この奥宮、真名井神社こそ、元伊勢の真の姿です。
創祀年代は、神代とされ、詳しくは分かりませんが、籠神社によれば、2500年くらい前らしいです。

真名井神社神門

境内には、"天の真名井の水"という、社名の由来でもある"神水"が湧き出ています。
因みに、ハクレイ酒造の仕込み水である"不動山水"は、波動分析によると、"天の真名井の水"と同質同系の霊水だそうです。

真名井神社境内

籠神社は、いつも、参拝者で溢れていますが、真名井神社には、殆ど、参拝者は来ません。
辺りは、静謐で神聖な空気に包まれています。

其れも其の筈、宮津生まれ、ポップアート育ち、宮津幼稚園→宮津小学校→宮津中学校→宮津高等学校、19年間、宮津市に住んでいた筆者でさえ、真名井神社の存在を知らなかったのです。
因みに、京丹後出身のメンバーも知りませんでした。
因みに、皆原在住の故・田中良典のお祖母様もご存知ありませんでした。
おそらく、真名井神社の存在を知っているのは、本当に地元である、府中の人間か、宗教関係者か、有識者か、ナショナリストくらいだと思います。
因みに、ナショナリストである、故・田中良典のお父様は、ご存知でした。

流石。

真名井神社境内

Q: では、存在を知らなかった真名井神社に、どうやって行けたのか?

A: インターネットです。

旅行の計画を立てていたら、勝手に色々、情報が語り掛けて来て…。
もう、インターネットは、表層的な部分において、地元民以上だと感じました。

集合知、パネェッス。

磐座西座

こちらは、天照大神の"磐座"です。
伊射奈岐大神&伊射奈美大神も配祀しています。
写真には写っていませんが、この磐座西座の右側には、磐座主座があり、豊受大神を祀っています。
かつて、天橋立が、高天原との架け橋であった頃、この真名井原は、葦原中国において、神々が最初に降り立つ、国際線ターミナルであったと感じます。
と同時に、古神道のアウトブレイクを惹き起こした神域であったと考えます。

磐座西座

言うなれば、アニミズムにおける、"常世"との通信を行う、無線LANスポットですかね?

帯域、広過ぎです。

産盥

筆者は、全く霊感がありません。
"0"と言っても、過言ではありません。
言うなれば、零感です。(言うなよ…)

しかし、それでも、頭痛がして、全身が痺れるような感覚に襲われました。

そんな場所です。

信心深い方は、写真撮影も危険な気がします。
自分は、何処からとも無い畏怖から、磐座を撮影する事は出来ませんでした。
殆どの写真は、勇気あるメンバーの撮影です。

本当は、こんなRGB画素の集積を何千枚、見たトコロで、現地の全能感は何も伝わらないでしょうが、少しでも、「肉眼で観てみようかな?」と感じて頂けたなら、幸いです。
真名井神社には、常世と現世のアンチエイリアス処理が行われています。

真名井神社石碑

こちらは、真名井神社の石碑です。
Google 画像検索」で調べて頂ければ、この石碑の上部は、元々、"籠目紋"であった事が分かります。
籠目紋とは、六芒星であり、ダビデの星です。
籠目紋は、籠神社の裏神紋らしいのですが、伊勢神宮周辺の石灯籠にも刻まれているらしいです。
この事から、「日ユ同祖論」とも関連付けられてしまう場所です。
個人的には、証拠としての信憑性は低いと感じますが、そもそも、"マナ"という言葉が…。

真名井原に鎮座した豊受大神は、食物・穀物を司る女神です。
マナは、「旧約聖書」"出エジプト記"第16章に登場する、神が、天から降らせた食物です。

…。

個人的には、此方の"マナ"との関連性を探る方が、興味深いです。

真名井神社境内の後方には、塩土老翁の磐座があります。
塩土老翁とは、「海幸山幸」において、彦火火出見尊(山幸彦)に、龍宮へ赴くよう、教えた神で、潮流・航海・製塩・呪術・予言などを司る海神です。
因みに、彦火火出見尊は、真名井神社の相殿に祀られています。
おそらく、浦島太郎(水江浦嶋子)の伝説は、「海幸山幸」のリミックスだと思いますが、では、"龍宮"とは?

マナは、メラネシアの原始的な宗教において、神秘的な力の源とされる概念で、魔法や超能力のようなモノみたいです。
メラネシアは、域外ポリネシアというポリネシア文化を保持する地域もあるみたいです。
ポリネシア文化は、3600年くらい前にメラネシアで発生した、ラピタ人による文化を源流としているみたいです。
ラピタ人は、人類史上、初めて遠洋航海を実践し、太平洋の島々に住み着いたと思われる民族みたいです。

…。

要するに、何が言いたいのか?

古代日本人(弥生人)と古代ポリネシア人(ラピタ人)は、文化交流があったのでは無いのか?
古代日本人から見た龍宮は、ポリネシアであり、古代ポリネシア人から見た龍宮は、真名井原であったのでは無いのか?
共に、伝聞だけを聞いた人間が、未だ見ぬ、異郷に想いを馳せ、カットアップ、サンプリング、リミックスの末、常世である「龍宮」を制作したのでは無いのか?
更に、古代ポリネシア人の末裔が、大江山での"鬼"と結び付いたのでは無いのか?

真名井原

塩土老翁の磐座の奥には、真名井原神体山が広がります。
境内の周辺は、全て、禁足地であり、神域であり、即ち、常世です。

真名井原

つまり、そう言った"ファンタジー"も語ってみたくなるような、"逢魔空"なのです。

普段は、無人の境内ですが、参拝させて頂いた時、偶然、真名井神社の管理をされている、籠神社の関係者らしき方と一緒になり、少し、お話させて頂きました。
柔らかい語り口ながら、かなり"探り"を入れられ、「宗教関係の御方ですか?」など、色々、訊かれました。
すみません。ただのチンピラ・アートサークルです…。
その後、一般人だと分かると、色々、話して下さいました。
右翼団体に狙われた事、云々…。
まぁ、神代から、平穏無事に過ごして行けるほど、現世は甘くないという事ですね。

今回、写真として、ご紹介出来なかった部分で、肉眼で観るべきモノは、山ほどあります。
京都市内から2,3時間くらい掛かる、正直、物凄く遠い"時の最果て"ですが、是非、一度、何かのついでに、少しでも立ち寄って頂けると、「ENCOUNTER 09」を此処まで連載した甲斐があります。
まぁ、ついでに立ち寄れるような土地では無い事は、重々、承知しております。

天照大御神&豊受大御神の磐座を、"マナの樹"とするのならば、"EXCALIBUR"が逢いに行く事は、最初から、"約束されていた"事では無いのでしょうか?

…。

はい。無理矢理です。




CONGRATULATIONS!!!!!!!

丹後一宮 元伊勢 籠神社

天橋立観光協会

宮津に旅行しましたvol.10

2009.11.19 Thu 19:00



>>前回までのあらすじ

約束の地を求めて旅するEXCALIBURは、大江山ハクレイ酒造ビューランド智恩寺と冒険し、龍の背に位置する海流に辿り着いた。

その海で、何処からとも無く声が聴こえる。

その声に導かれたメンバーは、遂に7人目のメンバーと再会し、一路、京丹後に向かう。

一方、その頃、皆原へワープしてしまったメンバーは、幼き記憶の断片に触れる。

其々のメンバーが、其々の経験を積み、今、再び、天橋立に集う。

しかし、約束の地を目前にして、メンバーは、府中において、大ダメージを負ってしまう。

果たして、この物語の先に、光は訪れるのだろうか?


7TH STAGE: 籠神社


籠神社

籠神社は、宮津市大垣にある、丹後国一宮の神社です。

この神社は、元伊勢と呼ばれる神社の一つで、元伊勢とは、現在、伊勢神宮に祀られている、天照大御神と、豊受大御神の2柱が、かつて、祀られていた神社の事を言います。
「Wikipedia」を見る限り、天照大御神は、引っ越ししまくっていますが、豊受大御神は、現住所の豊受大神宮を含めて、5ヶ所です。
更に、天照大御神&豊受大御神コンビが、両神とも祀られた、即ち、住まわれた神社は、籠神社だけみたいです。

さすが、セカンドレベルドメインを"motoise"にするだけの事はあります。

雰囲気的には、豊受大神が住んでいた籠神社に、天照大神が居候をしに来て、その後、旅立った天照は、皇大神宮という終の大邸宅を手に入れたけれど、かつて、真名井原で過ごした青春の日々を懐かしみ、最高の相方である豊受を呼んで、近くに住んで貰った。というトコロでしょうか?
因みに、両神とも女神です。

正に、「magnet

…。

すみません。

籠神社の狛犬

こちらは、籠神社の狛犬です。
鎌倉時代の彫刻で、重要文化財らしいです。
余りにも見事な作品であった為、魂が宿り、夜な夜な天橋立に現れて、悪さをしたらしく、時の剣豪、岩見重太郎に脚を切断され、それ以後、悪さをしなくなったらしいです。

…。

きっと、股のぞきし過ぎて、頭に血が(ry

倭宿禰命像

こちらは、「倭宿禰命像」です。
倭宿禰命とは、籠神社の社家である、海部氏の4代目で、神武東征の際、亀に乗って神武天皇の前に現れ、大和国へ先導したそうです。

…。

随分、のんびりとした遠征ですね。若しくは、異常に足の速い亀とか?まぁ、神代だから、空も飛ぶか。「エレワ」の猫みたく。

子供の頃は、素で、浦島太郎(水江浦嶋子)と間違えていました。

すみません。

だって、「丹後国風土記」とか、嶋児神社とか、福島神社とか、浦嶋神社とか、この地域の"推しメン"浦島さんなんですもん。
そりゃ、間違えますよ。
倭宿禰命さんの方が、"元祖 乗亀"みたいですが。

水琴窟

境内には、何故か、水琴窟もありました。

水琴窟とは、江戸時代の作庭家、茶人である、小堀遠州が考案した洞水門を源流に持つ装置で、地中に埋めた瓶に水滴が落下するよう細工し、瓶の内部で反響した水音を、地中から伸びた竹に耳を当て、聴き入るという、真に雅な装置です。
言うなれば、当時の超一流アートディレクターが考案した、日本最初の音響インスタレーションとも呼べるのでは無いでしょうか?
当サークルは、以前、この水琴窟を現代的にリミックスした音響インスタレーションを展示しようとした事があり、それ自体は、当サークルの力不足により失敗してしまったのですが、そういった経緯もあって、水琴窟には、人並み以上に関心があります。
首都圏近郊ですと、創造学園大学に設置されているみたいですので、酒井被告も、この音色を聴いて心を浄められる事でしょう。

籠神社のサイトでは、雪舟「天橋立図」は、時の宮司が依頼して、描いて貰った品と書かれていますが、もう一方で、智恩寺 多宝塔の建立奉行であり、籠神社別当大聖院の僧、智海が依頼して、描いて貰ったという説もあります。
個人的には、智恩寺に分があるかな?と思います。
幾ら、神仏習合、所謂、メディアミックスの時代とは言え、籠神社の関係者が依頼したと考えるよりは、臨済宗(妙心寺派)の禅寺である、智恩寺の関係者が、臨済宗(相国寺派ですが…)で修行した禅僧である、雪舟に依頼したと考える方が、より自然かな?と思います。
しかし、画面右側の籠神社、画面左側の智恩寺、共に中心に配置する訳でもなく、あくまで、主題は天橋立である事から、依頼者は、当時、丹後国を治めていた守護大名、一色氏の関係者と考える方が、更に自然かも知れません。
因みに、智恩寺 多宝塔が建立された由来は、当時の守護代、延永春信が大病を患った際、智海が祈祷してくれた事に対する、感謝の気持ちみたいです。
この3組織と全てコラボしている智海さん、パネェッス。

此処で気になる人物がいます。

一色義秀さんに、ご登場して頂きます。

「Wikipedia」に依ると…
"初め僧籍にあったらしく「周儀侍者」と呼ばれていた(『蔭凉軒日録』)。"

で、「蔭凉軒日録」とは、相国寺鹿苑院の住職の補佐役"蔭凉軒主"の公用日記だそうです。
相国寺と言えば、雪舟が禅と絵の修行を積んだ寺院です。
つまり、一色義秀は、臨済宗の禅僧であった可能性が高いのかな?と。
まぁ、足利将軍家自体が、臨済宗と深い関係だったみたいですし。

1498年 一色義秀、国衆の叛乱の末、自害。
1498年~ 延永春信、台頭。丹後国、混乱。
1501年 延永春信「智恩寺 多宝塔 feat.智海」、落成。
1501年頃 雪舟「天橋立図」、完成?
1506年 雪舟、死去(1502年とする説もある)。

因みに、智海さんは、生涯で10万体くらい"不動明王"を描いた画僧でもあり、智恩寺 多宝塔にもタギングしています。
並みのグラフィティライターのタギング量ではありません。
やはり、パネェッス。

「天橋立図」は、勿論、好きですが、それは"故郷補正"もあります。
個人的には、「秋冬山水図(冬景図)」の方が"ヤバイ"と感じます。
雪舟「天橋立図」が、真筆の可能性は、100%なのでしょうか?
智海「天橋立図」が、成立する可能性は、0%なのでしょうか?

この辺の件を、巧く脚本化出来ないかなぁ…。

若しくは、第三者である、名も無き画僧?
若しくは、将来、室町時代にタイムスリップする事になる、俺?

この辺の件を、巧くラノベ化出来ないかなぁ…。

アニメ化の際、ヒロイン役の声優は、釘宮理恵さんで。

完璧。

因みに、「JIN -仁-」は、観ていません。

この頃、丹後国は、混乱を極め、多くの血が流れていたようです。
つまり、「天橋立図」は、当時の地方公共団体をクライアントとした、レクイエム&観光促進の意味合いを持つ、グラフィックデザインだったのかな?と考えます。
今で言う"萌えおこし"みたいなモノかな?と。
まぁ、当時、天橋立を含めた付近一帯を境内(神域)としていた籠神社からすれば、「天橋立図」は"ウチ"を描いたようなモノという主張も分かります。

右に籠神社、左に智恩寺を配置する、国宝「天橋立図」は、観れば観るほど、神仏習合の懸け橋のような、神聖な宇宙観があります。

たとえ、下絵で有ろうとも、真筆で無かろうとも、です。

先程、"智海「天橋立図」が、成立する可能性は、0%なのでしょうか?"と書きました。

と言うのは、生涯で10万体くらい、密教特有の尊格である、不動明王をタギングした智海さんは、明らかに、真言密教をバックボーンとしています。

智海が、多宝塔の建立に携わった智恩寺は、元々、真言宗だったそうです。
智海が、「木造不動明王坐像」の造立に携わった、「天橋立図」にも描かれている大谷寺は、真言宗みたいです。
「天橋立図」にも描かれている(第1を智恩寺、第2を籠神社として)第3の重要拠点、成相寺は、真言宗です。

真言密教と言えば、そう、"曼荼羅"です。

「天橋立図」と"曼荼羅"の共通項として、西方極楽浄土の思想から来ているであろう、方角の"西"を、画面の"上"と定めている点が挙げられます。
曼荼羅には、神仏習合の本地垂迹説から来る、神道系の曼荼羅があります。

つまり、「天橋立図」とは、智海が描いた、神社境内の風景を俯瞰的に描く曼荼羅ジャンル、"宮曼荼羅"の可能性は無いのか?という事です。

若しくは、雪舟「天橋立図 feat.智海」じゃ、駄目?

まとめます。

雪舟「天橋立図 feat.智海」は、地方公共団体をクライアントとして、"宮曼荼羅"スタイルをサンプリングした、レクイエム&観光促進の意味合いを持つ、グラフィックデザイン。

天橋立は、元々、籠神社の参道だったらしいです。
つまり、天橋立に行くという事は、最初から、この神社に行く事を"約束されていた"という事では無いのでしょうか?

…。

はい。無理矢理です。


遂に、約束の地へと辿り着いたEXCALIBUR。

永きに渡り、繰り広げられた冒険の日々も、終わりの時を迎えた。

全ては語られた。

メンバーの誰もが、そう感じた。

世界に光が訪れたのだと…。




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丹後一宮 元伊勢 籠神社

天橋立観光協会

宮津に旅行しましたvol.9

2009.11.05 Thu 19:00



>>前回までのあらすじ

約束の地を求めて旅するEXCALIBURは、大江山ハクレイ酒造ビューランド智恩寺と冒険し、龍の背に位置する
海流に辿り着いた。

その海で、何処からとも無く声が聴こえる。

その声に導かれたメンバーは、遂に7人目のメンバーと再会し、一路、京丹後に向かう。

一方、その頃、皆原へワープしてしまったメンバーは、幼き記憶の断片に触れる。

其々のメンバーが、其々の経験を積み、今、再び、天橋立に集う。


6TH STAGE: 花火大会


宮津燈籠流し花火大会

燈籠流し花火大会は、毎年、お盆(8月16日)に開催される、宮津市で最も有名な年中行事です。

地元にいた頃は、メイン会場である島崎公園でしか、花火を鑑賞した事が無かったのですが、今回、初めて府中側から鑑賞させて頂きました。

府中の海岸線から鑑賞する花火は、島崎公園の喧騒とは無縁な、とても風流で味わい深い文化でした。
メイン会場は、地元民&観光客が入り乱れた賑わいを見せる"THE・花火大会"ですが、こちらは、地元民だけに開かれた嗜みという趣きです。

そんな場所で、あくまで"観光客"である我々が、BBQという派手な行為をしてしまい、申し訳ありませんでした。
一応、当サークルなりには、周囲に気を使いながら行なったつもりですが、迷惑に感じた地元の方もいらっしゃったと思います。
この場を借りて、お詫び申し上げます。

本当にすみませんでした。

しかし、天橋立を傍らに、海面に映る花火を鑑賞しながら、日本酒を呑むという構図は、完璧な美しさで、凡庸な言い方になりますが、「日本人に生まれて良かった」と、心から、そう思いました。

そう、少なくとも、"此処までは"完璧でした。

風前の線香花火

その後、地元の女の子と合コンぽい宴が開かれ、全ての会話をスベらせる事に成功した自分は、この物語終盤にして大ダメージを負い、失意と傷心の中、宿屋へと向かいました…。




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天橋立観光協会

宮津観光ピント会(宮津観光案内オフィシャルページ)

宮津に旅行しましたvol.8

2009.09.17 Thu 21:00

ENCOUNTER 09

>>前回までのあらすじ

約束の地を求めて旅するEXCALIBURは、大江山ハクレイ酒造ビューランド智恩寺と冒険し、龍の背に位置する
海流に辿り着いた。

その海で、何処からとも無く声が聴こえる。

その声に導かれたメンバーは、遂に7人目のメンバーと再会し、一路、京丹後に向かう。

一方、その頃、SECRET STAGEへワープしてしまったメンバーは…


SECRET STAGE: 皆原


中橋

ワープゾーンを抜けた先に待っていたモノは、変化する記憶の断片でした。
かつての宮小生なら、誰しもが懐かしい"なかばし"も、"大手川"河川工事の為、間も無く、消えて行くでしょう。

子供の頃、手に入れた記憶を亡くす事は、何故、こんなに切ないのか?

皆原

皆原は、宮津市の南部、"神子(みこ)川"に沿った谷間に位置する集落です。

率直に言えば、現代美術制作販売サークル"EXCALIBUR"設立者、故・田中良典の故郷です。

皆原

つまり、当サークルのクリエイティブ・ルーツが眠る場所と言っても過言ではありません。



こちらの映像は、故・田中良典の生家です。
映像ドキュメンタリー「日本の民家」という感じです。
築年数で言えば、200年くらいらしいです。

田中家之墓

こちらは、故・田中良典、安息の地です。

志半ばで、倒れて行く人がいるのなら、せめて、生きている私たちは、明日を少しでも良くする為に、努力して行こうと思います。

ほとんど、マイケル・ジャクソン「Heal the World」のパクリです。

皆原

当サークルが、何処まで、田中の遺志を継いで行けるのかは、分かりませんが、これからも、より一層、精進して行く事を誓いました。


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宮津市立宮津小学校

宮津観光ピント会(宮津観光案内オフィシャルページ)

PROFILE プロフィール

EXCALIBUR
東京を拠点に活動する、現代美術制作販売サークル http://www.entaku.net/
GEISAI出展歴
  • GEISAI #12
    ブースNO:F-083
  • GEISAI #11
    ブースNO:B-036
  • GEISAIミュージアム #2
    ブースNO:A-053
  • GEISAI #10
    ブースNO:F-066
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