
美術は、いつまで、牽制球を投げ続けるのか?
行動からしか、俯瞰し得ない、思考の風景もあるのでは無いのか?
今回、東北地方太平洋沖地震復興支援アートアクション「いま、わたしになにができるのか?─3331から考える」に参加した理由として、自身の、Webに対する深い絶望があります。
今回の震災は、豊穣な未来を担い、完璧な世界を司ると信じ、インターネットの神話を描いていた自身の表現に、深い裂傷を刻み込みました。
結論、自身も含め人間は、Webの進化に全く伴走していなかった。
デジタル・ディバイドは、デバイスを入手しただけでは、解消されません。
震災において、Webは、無駄な不安を増幅するアンプリファーとして機能するばかりで、被災地外の人間が+として働いたと錯覚している部分は、被災地内とは完全に断絶していました。
被災地外の人間が、善行を錯覚し、不安を増幅させる熱病プラットフォーム。
所謂、"悪い場所"として機能していました。
つまり、無くても良かった。
そして、Webを"悪い場所"として機能させてしまったのは、紛れも無く、人間です。
情報や正義の錯綜を主題として、演者が踊り狂う物語に辟易し絶望し、他方、美術の、相互に出方を伺い合う気色悪さに冷笑していた頃、今回の展示機会を頂きました。
勿論、思考無き行動は罪ですが、行動無き思考も罪です。
それでは、「3331から考えた」事を記述します。
日比野克彦さん、八谷和彦さん、藤浩志さんのシステムデザイン/プロジェクトワーク領域による可逆圧縮型アートの即時性・多幸感は、被災地内/被災地外、共に有用で、コミュニティ浄化としての"対話"を誘うのでは無いでしょうか?
「
ハートマーク♥ビューイング」
「
#arigato_from_japan」
「
かえっこバザール」
トーク「阪神淡路大震災復興から学ぶ」では、"焚き火や温かい食べ物の効果は高い"と仰られていました。
温度+食事+対話をシステムデザインするプロジェクトワークとしてのアートは、被災地内において、現段階でも無力では無いと感じます。
個人的に、連想してしまった「
ちゃんぐ亭」…。
一方、絵画/彫刻などのマテリアルを依り代とする事に比重を置いた非可逆圧縮型アートは、現段階では限り無く無力です。
0とは言いませんが、限り無く無力です。
"阪神・淡路大震災"当時の堀尾貞治さんを例として、被災地内の作家が、メタフィクショナルな自己を記述し続け、被災地内/被災地外が、一定の平穏を取り戻した時点で、発表する形が望ましいのかも知れません。
"5年後としての美術館"だそうです。
今回、Webが"悪い場所"として機能してしまった要因として、本来、追体験として認知すべき記述まで、即時性を伴って認知されてしまった点があると思います。
メディア・リテラシー以前に、脆弱な精神で、ネットに張り付く事は、明らかに危険です。
個人的には、今回の展示において、より深い絶望を得ました。
被災地外の作家が、非可逆圧縮型アートを展開したのですから当然です。
「Hello(world) ver.3.11」と題して、震災後におけるインターネットの神話は、鑑賞者に何を啓示するのか?を興味の対象として展示しましたが、非可逆圧縮型アートは、先に述べた可逆圧縮型アートの前に、劣化の一途を辿るのみです。
Q: では、今後、行動しないのか?
A: いいえ、行動します。
自身の絶望など、被災者の絶望と比較すれば、微細な存在ですし、その生温い絶望を背負いながら行動し思考し、少しでも、誰かの精神を浄化出来るよう、努力を続けます。
それは、クリティカルな絶望と対峙するまで、永遠に続きます。
そもそも、現在、Webで発信されている人間の全ては、インターネットの歴史における支配下での、ある種の熱病です。
同じ熱病なら、温度を感じられる空間で、出来る限りの対話を込めて。
限り無く0に近い無力は、決して0では無いのです。
つーか、美術やってる人が信じなくて、誰が美術を信じるの?
PS: 今回の震災や原発事故において、誰かを批判したい気持ちも分かりますが、個人的には、この程度の社会システムしか公開出来ず、この程度の社会システムさえ更新出来なかった、日本国に生存する全ての大人に責任があると感じます。
誰かを罵る前に、自身の無力を呪うべき。
そろそろ、世界に向けて謝罪し、子供に向けて謝罪しませんか?
PSPS: 若い頃、
コマンドNが主催する「秋葉原TV」という美術展が大好きだった自分にとって、3331にて、中村政人さんの現在進行形を感じられた事は、大きな喜びでした。
ピーター・ベラーズさんとか、笠原出さんとか、好きな作家さん、沢山いたなぁ…。
pal@pop「空想X」のジャケットに、サインとか、して貰いたかったなぁ…。
※数多いらっしゃった有名作家さんとは、誰一人として、一言も会話していません…(クリティカルなコミュ力不足)
東北地方太平洋沖地震復興支援アートアクション「いま、わたしになにができるのか?─3331から考える」3331 Arts Chiyoda